‘いつか夢に見ていた青春が 僕らのなかにあったんだ’
もし、ロックンロールが魔法なら。
そして、一瞬しかかからないものだとしたら。
もともとソロで音楽活動をしていたフロント3人が集まってできたサイダーガール。
バラバラの3人が集まったはずの音は、不思議なことに、1つの集合体になった。
これは、サイダーガールとしての初めての音源。
7曲入りのアルバムにあるのは、
バンドの魔法のようなものだ。
音楽性はどれも違う音が、1つの矢印の先を向いていて、
「ここなら出来るかもしれない」と、たぶんバンドの全員が思っている。
パチパチと弾けるメロディが、染み込むように身体の中に入ってきて、いつの間にか僕を軽くする。
期待や希望。冒険心や憧憬を込めて放つ曲たちが、本人たちの想像を超えてまっすぐ飛んでいく。
妙な高揚感だ。
鍛えていたバッターが初めての打席に立っているのに、
もう観客は、「ボールはどこまで飛んでいくのか」に集中している。
まだ、打てると決まったわけではないのに、だ。
N.1 群青 / ー。
このジャブジャブと洗うようなギター。
叫ばないボーカル。
難しい曲でもない、真新しく聴いたことがない曲でもきっとない。
彼らの後ろに流れる雰囲気。鳴らされる6弦。
ギターのノイズが揺れて消える。
N.2 寝ぐせ / ーー。
駅までの道、何も無い国道、品揃えが変わらない古い自販機。
大きい入道雲、息をするのも苦しい夏の陽気。
2人乗りの自転車に乗った高校生が近くを通り過ぎていく。
N.3 ニジイロセカイ / ーーー。
もし魔法だとしたら。
誰かに伝えられるだろうか。
ない、といえばなかったことになってしまうような音が
今、僕には聞こえてる。
わずかに脈拍があがる。身体の奥が熱を持つ。
N.4 魔法 / ーーーー。
傍観者なんだろう。
僕らはいつも、ぼぅっと、遠くを見て
目の前のことには無関心でいる。
いつの間にか過ぎて行くたった1日を、この夏を
どこか他人事のように思っている。
N.5 アイヴィー / ーーーーー。
バッターはまだ、まっすぐに遠くを見てる。
その目はどこか嬉しそうだ。
打てるか打てないかなんて、関係ないというみたいに。
遠くに見える入道雲が僕をみてる。
僕はまだ。
N.6 雨と花束 / ーーーーーー。
まだ間に合うか。
僕の中にいる僕が少し話したいと言う。
あの打席に立つことが?
いや、周りの雑音に振り回されずにまっすぐでいることが?
静かに語るように、僕の耳に入ってくる。
派手ではない。じょうずでもない。
でも目が離せないでいる。
ほんとうは、と思った。
ほんとうは、こういう音楽を聴きたかったんじゃないか?
信じたかった自分がいたんじゃないか?
N.7 ドラマチック / ーーーーーーー。
懐かしくて聴いたことがあるような、でも何度反芻しても思い出せなくて。
ギターが鳴る。音が伸びる。リズムの中にある青い影。
ふわっと浮く浮遊感、また心拍数があがる。
今までついてきた嘘と本当のこと。
かっこ悪いから早く捨てろと言われたものを、まだ持ってること。
静かに熱くあることができていること。
誰も信じてもらえないかもしれないことを、今でも信じてること。
胸をぎゅっと掴まれる感覚、そうだこれは、
僕が、大好きだったこの感覚は。
いつか夢にみていた青春が 僕らのなかにあったんだ / 群青
バッターが大きく振りかぶる。
行け。飛んでいけ。
サイダーの泡が溶ける、その前に。