‘どこでも行けると信じてたなら どこにも行けないはずはない’

plenty、解散において。

 

どうせわからない。

わからないから、理解されないから、言うことでもない。

そう思っていても、どうしても声に出したくなった。

だれからも必要とされない夜、傍にいてくれた音楽のこと。

 

 

 

拝啓。皆さま

 

 

 

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‘暮らしの中に 何を見つけるだろう  演技のような笑顔 追われるシグナル’

 FoZZtoneが唄う、‘日常’について。

 

昼過ぎの斜陽が傾いて、僕がいつも座る座席には少し眩しい陽が差してくる。

 

季節が変わった、そう思うといつも聴く曲が、僕にはいくつかある。懐かしくて暖かくて、少し苦い。もう夏が迎えにきたバスの中で、大きく吸い込んだ息が体の中に溶けて混ざっていく。

 

 

 

暮らしの外に、非日常を探すけど

少し遠くていい 眺める景色の中に / 情景輻射 

 

 

当たり前にそばにある。FoZZtoneもそんなバンドだった。

日々の中にある、大げさでは決してない、だけどなくてはならない。そんな僕らの「普通のこと」を「特別」にしてくれた。

 

だけどそれは、すこしあとになってわかったことでもあった。あのとき僕らはまだ、何が特別かなんてわかってなかったのかもしれない。

 

特別な、素晴らしい、いつもの日常。

 

 

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‘傷ついた心が 少しは癒えたなら 軋むドアを開け 旅立った’

悲しみを連れていく

 

表立って歌われていない。その悲しみはいつも彼らの中にいた。落ち込むでもなく、取り乱すこともなく、ただ傍にいる。

 

September wind takes my hurts away 

"9月の風は私の心を連れて行く"

October rain washes my sins away 

"10月の雨は私の罪を洗い流してくれる"

I can feel tears streaming down my face      

"私の涙が頬を伝って落ちるのがわかる"

I'll never fear falling down  

"私は決して不安に潰されはしないだろう" 

Hey deadman

"なぁ デッドマン" 

/N.1 the novemberist

 

 

Dear Deadman

 

 

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‘ここから見えないほど 汚れた昨日 言葉にできないことの繰り返しだ’

 04 Limited Sazabysが鳴らす、‘僕だけの’感覚。

 

 

 

 

聞く側が、鳴らす側になる。

 

一見よくあり、シンデレラストーリーにも見えるソレは、現実ではほとんど起こらない。

なぜなら、夢を叶えるためにしなくちゃいけないことが、多すぎるから。

自分の憧れに挑む勇気や覚悟。

加えて、夢の世界が、夢のままであるわけがない、と考える人間が、つまりは足を引っ張ってそうさせまいとする人間が、多く存在しているからだ。 

 

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‘パレードの中 君は踊る 僕はもう なにも 君に’

the cabs その完成された美について

 

鋭くて柔らかなメロディー、その隙間の歌詞、そして対峙するリズム。

一見とっつきにくいその独自の変拍子は、とって付けたように捻り出したものではなく、彼ら自身から滲んでくるもの。

ギターとドラムを初めて合わせた高校の頃から、そのイメージ、世界観は全く変わっていない。バンドにありがちな「初期の曲」という括りが必要なく、どの曲も本当に純度が高い。その世界は濃密だ。

 

 

絵画の海に溺れて行く

ぼくらいつも 間違えようとした / anschluss

 

 

一聴しただけで俯瞰出来る散らばった世界観は、聴き込むごとに、色、温度、空気、更には路地や家、そしてそこに住んでいる住人の呼吸まで聞こえてくるようだ。
同時に不可解で無作為。つなぎ合わせただけの絵のような脈絡のないリズムや歌詞の羅列、その難解に思える楽曲をなんとか紐解けば、the cabsの鼓動がすぐそこに聞こえる。ように思えた。その先に彼らの意図があると思っていた。

 

彼らの作品の側面は断片でしかない、断片だからこそ伝わる風景。

 

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