‘傷ついた心が 少しは癒えたなら 軋むドアを開け 旅立った’
悲しみを連れていく
表立って歌われていない。その悲しみはいつも彼らの中にいた。落ち込むでもなく、取り乱すこともなく、ただ傍にいる。
September wind takes my hurts away
"9月の風は私の心を連れて行く"
October rain washes my sins away
"10月の雨は私の罪を洗い流してくれる"
I can feel tears streaming down my face
"私の涙が頬を伝って落ちるのがわかる"
I'll never fear falling down
"私は決して不安に潰されはしないだろう"
Hey deadman
"なぁ デッドマン"
/N.1 the novemberist
曲の中に潜らせた精神論、短い詩を集めたような歌詞。誰もいない街、廃墟の中に響くようなアルペジオ。屋根の上にいる少年が見ている月のベース。種類もわからない鳥は、群れになってどこかへ飛んでいく。その後ろ姿に重ねたのは、過去なのか、未来なのか。夜明けなのか夕暮れなのか、わからない、どのくらい歩いたのか、どこまでいけるのかもわからない。
彼らが見つけたのは、歌うのは、その景色にある美しさだ。
自分を景色に投影して、貶すような音楽じゃない。その歩く歩幅は狭くとも、独りきりだと思ってしまっても、だからこそ、そこにある美しさを探す音楽だ。
励ますでもない、背中を押すでもない、だけど僕は確かにこの音に救われる。みんなは綺麗な道だと言った、ただ僕は歩いてきただけだった。悪ガキにもなりきれず、善人でもなかった。誰かを助けることも、助けを請うようなことも、しなかった。いや、できなかった。ただ鳴っている、その唄はどこにでもいる、そんな僕のために何かを言うことはなかった。
ただ、傍にいた。
悲しみだけが残る街 死んだ線路の冷たい鉄
汚れた空に響く鐘 舞い降りた羽を手で受ける / N.6 The Remains
シンペイのドラムの音は、決して派手ではない、でも確かに僕を少しだけ軽くした。
ホリエの手癖のようなアルペジオは、僕が悲しいとき、優しく鳴っている気がした。
まるでアルバムの中に、生きてる人がいるみたいに。
最初からあったのかもしれない。
僕らが当たり前のように、繰り返す日々の中にも、もしかしたら、あるのかもしれない。悲しみも、辛さも。美しさも綺麗さも、目の前にあるのかもしれない。急に隣に現れたような悲劇も、もしかしたらずっと傍にあったのかもしれない。
僕はいつも、悲しみは早く終わって欲しいと思っていた。こんな辛いものは早く忘れたいと思ってきた。
彼らはそこにあったよと言う、当たり前のように、デッドマン、そこにあるだろう、と。
今思えば、高校時代にこのアルバムがなかったら、僕はきっと違う人間になっていただろう。おかげであのときあった哀しみから、逃げずにいられたから。
今は、僕を形成するひとつになっている。
このバンドの核をなすシンペイとホリエの2人は長崎出身だ。
原爆の存在は、教科書で知る僕らよりももっと早く、そして現実味を持って彼らの傍にあったんだろう。
アルバムをリリースしたインタビューでホリエは、ラジオが好きだったと語った。幼少期を転勤族として各地を転々とする中、兄貴の部屋から盗んだラジオで、自分の知らない国の音楽を聴いて、なぜか、俺のための音楽かもしれないと感じたと。
原爆で語られる死者への想いは、死んでいったもののためにあるわけではなく、今を生きる僕らのためにあるものだ、と。
彼らにとって絶望だと知るより早く、日々に溶け込んでいたのかもしれない。
声高に悲しさや切なさを叫ぶことはせず、曲の内面に潜り込ませたあの景色。静謐な空気の中、響いているあの音。霧の中を歩いてきた少年が、窓を開け、深呼吸した息の中に感じたもの。それは
名盤と絶賛されたTitle、その後の彼らが次に出したのは、故郷のアルバムだった。少なくとも僕にはそう思える。
帰ろう、と呼ぶ、この懐かしくて暖かいものはなんだろう。
色のない空に 雨を降らす風に
乗って見果てぬ世界へ 運んでくよ Farewell dear deadman
/ N.10 Farewell dear deadman
なぁデッドマン、まだ感覚はあるか。
君がここから去ったあとも、僕は覚えていられるだろうか。
ずっと傍にいるさ。
この街に吹いている風の中に、
11月の冷たい雨の中に、
木々の間から降る斜陽の中に、
色のない空に、
いつでも僕は傍にいる。
そうだった。そうだったよな。いつも一緒さ。独りだけど、ひとりじゃないよ。寂しくない。
いや、ほんとは少しだけ、寂しいんだ。
大丈夫、またくるよ。君が悲しみを見つけたとき、ひとりぼっちだと感じたとき、僕はいつも傍にいる。
僕が死んだら流してほしい。そしたらきっと帰れる。
Farewell dear deadman.
忘れなくてもいいんだ。連れて行けばいいさ。
あの日飲んだビールのように、哀しみは今、僕の中で確かに脈を打ち生きている。
そこにいるんだろ、デッドマン。
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