‘どこでも行けると信じてたなら どこにも行けないはずはない’

plenty、解散において。

 

どうせわからない。

わからないから、理解されないから、言うことでもない。

そう思っていても、どうしても声に出したくなった。

だれからも必要とされない夜、傍にいてくれた音楽のこと。

 

 

 

拝啓。皆さま

 

 

 

 

 

 

全部鬱陶しい、と聞こえた。1人で膝を抱えた少年のジャケットのCDを聞いた時、なんて摩擦がないのだろうと感じた。

‘大人がいない場所でなければ、僕たちは生きられない’

ずっと奥にしまってきたような言葉ひとつひとつが、細かい雨のように身体に当たる。

まるでそこに彼らの唄として、存在しなければならなかったようだ。

 

息を吸って吐く。酸素を取り込んで、心臓を動かしているように。

 

曲として無骨だとも思える姿でそこにある。そこに着飾った表現や、だれかを鼓舞するような曲は一つもなかった。

 

 

不思議だった。

 

 

大きな語り手なのに、妙にリアルで、

自分語りのはずなのに、どこか信念があって、

「世界に僕は必要ない」と、歌う曲にも、それでも現状をなんとかしているように見えた。

Vo江沼の透き通った声がまっすぐ、特定の誰かに、伝えているようにも聞こえた。

 

何か、変わるかもしれない。純粋にそう思った。

なにかはわからない。でも、この曲には、バンドには、変えられるだけの何か、エネルギーがある。

 

 

あれから、どうしようもない霧がかった気分でいるとき、好んで聞くようになった。

不思議な気持ちだった。あんなに彼らが生きるための曲だと思った曲が、まるで、僕のために歌っているように聞こえた。

 

変わっていくような気がした。

なんでもない朝でも、昨日までは違うと、意識するようになった。

 

そして、僕が仕事に疲れ、遅くまで働くことがわからなくなり、辞めようか悩んでいた時、plentyのセルフタイトルが発売される。

 

 

plenty

 

 

 

蒼き日々を初めて聞いた時、大きな涙が止まらなくなった。

 

蒼き日の少年が追いかけてた

僕だけの世界に 果てはない

果てはないだろ / 蒼き日々

 

 

それは初めて、彼らが彼らでない誰かに向けてはっきりと、歌っているように聞こえたからだった。

初めて聴いたアルバムのジャケット。狭い部屋に、ひざを抱えて座っていた少年。もしかしたらあれは、今の僕かもしれないと思った。

そのままでいい、立ち上がらなくていい、顔をあげるだけでもいい、少しだけ勇気をあげる。あの少年はそう言った気がした。

 

僕だけの世界に、果てはない、果てはないだろう

 

 

そうして僕は、辞表を出すことができた。

浸って潜り込んだ僕だけの世界。それは決して、「僕だけ」の世界ではなかったように思う。僕だけの世界には、僕以外の呼吸も聞こえた。吸って、吐く、その生きてる音みたいな感覚が確かにあった。

誰かを励ます曲ではない。鼓舞することもない。でも、近くに心臓の音が聞こえる。

 

 

9月16日。pm8:00。僕は日比谷の構内を走っていた。

解散ライブのチケット倍率は知っていたし、取れないことで落ち込むこともなかった。当日は絶対に行こうと決めていたから、特別慌てることもなかった。仕事の予定が押し、開演までには、3曲目くらいまでには、10曲目、せめて終わるまでには、となった時も気持ちは変わらなかった。

台風が近づいていた会場には、予想に反してすごい数の外組がいた。彼らは一様に、それぞれの間隔をあけ、ただ立っていた。何かを待っているようにも見えた。

plentyは枠を演奏していて、聞き込んだこの曲ですら、現実味がなかった。本当に終わるのか、いや何かの間違いなのではないかと思うほど、江沼の声は澄んでいた。

小雨の降る中で聞くplentyは、とてもよく似合っていた。そういえばいつも雨だったなと思った。澄んだ演奏とは裏腹に、心臓の音はどんどん大きくなった。

「次で最後の曲です」と、江沼が言った。

 

始まる前から分かっていた。「蒼き日々」と銘打ったラストツアー。そして、ファイナルの「拝啓、皆さま」。きっと最後だとおもった。

さよなら、と聞こえた。何度も僕が逃げ込んだ世界。

泣かせてくれ。今日だけは。生きてた記憶の1つとして。

 

 

みんなで聞きながら、感想を語るような、こんな時もあったねと言い合えるようなバンドではなかった。だからそれでいいんだろうか。知らない人は知らないまま、いなくなっていいバンドだったんだろうか。もしかしたら違う道もあったのかもしれない。僕もあのまま辞めずにいたら、今頃はもっとたくさんの肩書やたくさんのお金や、たくさんの信頼を得ていたかもしれない。

でも確実なのは、あのとき、つぶれそうなとき、この音楽がなかったら、今の僕はなかっただろうことだ。

 

 

どこにもいけないはずはない。

 

 

蒼き日と言った、僕だけの世界。

彼らもまた、青春だと言ったあの日を。

風が吹く街の、1度しかないメロディ。「いつかのあの日を、僕はなくさない」

独りよがりでいいだろ、そういって、傍にいてくれた曲を。

ふさぎ込んだ僕や誰かに向けて、歌われた曲があることを。

大きく息を吸いこんで、教えてくれた世界の広さを。

 

僕は忘れない。

plenty 解散。2017.09.16